logo

Mac OS 宮田昌彦

エムツーフォトのこだわり=最新の機材を整備する。

で、Nikon D4を購入。。。なんと私の愛用のMacのOSが古く(10.5.8)

LightRoom 4がインストールできない事実=RAW現像が

出来ない=えっPCが付いてきてない。。。

ではPCを最新に?まじ?こんなに金かかるのかよ~です。

カメラが最新で喜んでいられない。。。

Lee Freidlander の話(宮田昌彦)

Lee Freidlander の写真集like a One-eyed Cat
が好きで、タイトルの写真集、表紙の彼の写真をマネています。私のTwitterのアイコンなどに使っています。1981年私が大阪芸術大学に入学した年、彼は京都で撮影をしています。いわゆるスナップの手法ですが、ART感覚が非常に高く、画面構成に特徴があります。コンポラ写真を代表する1人であるとともに、20世紀後半を代表する写真家。と紹介されています。

 

 

 

カメラの話 宮田昌彦

 

私は初めて使ったカメラがペンタックスSL
露出計のないカメラで、父が初任給をはたいて購入したものでした

当時は小学生でまだ写真の知識がない頃です

次に購入したのは高校生

写真部に入り、Nikon FMを買いました

大学は大阪芸術大学 写真学科 風景の秋田ゼミ

で、購入したのはCanon F-1 AE-1でした

写真業のデビューは27才

当時助手時代はほとんどNikonで

当然助手だしボスのカメラをまねて

Nikon FM、F4 を購入

で、独立ご5年目でCanon EOSー1nを購入

デジタルになるころはD30、1D、1Ds markII  1D markIII 1Ds markIII  5DmarkII

一気に購入。。。???

で、この数年前に買い足すこと4台

Nikon D3 D3x D4 D800 。。。

 

※写真はYahoo!オークションに出している  Canon1Ds MarkIII

広島 おこのみやき 新ちゃん(宮田昌彦)

広島のPARCO前お好み村組合の新ちゃんに行きました

新ちゃんスペシャル。

電話082-241-2210
写真上

Nikon D4 AF-S Nikkor24-70mm  f2.7G ED ISO800 1/80sec F3.2
AWB マニュアル露出

写真下は

Nikon D4 AF-S Nikkor24-70mm  f2.7G ED ISO800 1/60sec f3.2
AWB マニュアル露出

 

宇治でのロケ(写真、文 宮田昌彦)

宇治の興聖寺で梅がちらほら咲いていました。(写真は3/13)
今頃は満開でしょうか
今年は急に寒くなったり、陽気になったり。梅も桜も咲く頃を
迷っているのじゃないかと思います。

新しいカメラがどんどん発表されましたね。こちらの興味も春のようです。

Nikon D3 14-24mm  F 3.2 1/250sec ISO 200 AWB マニュアル露出

広島原爆ドームと月(写真:文 宮田昌彦)

広島に15、16日と出張していました。広島に泊まればなるべく原爆ドームを撮影するようにしています。同じ道順でドームに行き、周りをぐるりと周り撮影します。今回は朝5時30分に起きて、6時前に原爆ドームに着きました。まだお月さんが昇っており、ドームとお月さんを撮りました。

カメラ向けていると、おじさんが頭上約600mでの爆発 午前8時15分 1945年。。。とつぶやき横で話しかけてきました。どちらからおいでですか?と尋ねると「福岡」からともう、リタイヤしてこうしてたまに旅して回っているとの話。横に若い女性もカメラをだし撮影していました。おじさんはその女性にも上空600m。。。と話しかけていました。

今朝新聞で広島の爆心地1K圏内をCGで作成との記事があり原爆投下の目標になった相生橋周辺の当時の建築物や風景がCGで再現されていました。

Nikon D7000 ISO800 1/60sec  f 10 AF-S Nikkor24-70mm F2.8G ED  AWB マニュアル露出

うめ(写真、文:宮田昌彦)

大阪城梅林公園に1月31日、梅の咲き具合を下見してきました。
当然、未だ時期が早く咲いている品種は少なかったのですが
上記のような乙な風景に出合いました。
背景は金屏風。見事に剪定された梅の木に最初に咲いた
一輪。光が真上から射しており、可憐な印象でした。
※背景にまだらな模様は画素数を減らしたためのトーンジャンプです。
サイト表示の負担を減らすために画素数を減らしています。

写真の不思議(写真・文:宮田昌彦)

写真は本当がそこにあり初めて写る。何もないところから生み出すものではない。その写す物(被写体)は三次元だ。写真は平面になる。しかしそれはまるでそのモノが写る。が、しかし本物ではない。最近デジタル写真自体が偽物のように疑われているが、写真自体が色々な媒体を経て存在している。リアルな表現で写真に置き換わっても本物は残らない。(プリントの画像を維持することは非常に難しい事も含め)写真自体の平面も危うい存在だ。そんな写真が私はいとおしいのは何故だ。全てのものは永遠ではない。少しでも残したい。そのような狭間で写真はかなり危うい表現方法の一つだと感じる。和紙に描く墨の絵などに比べれば尚更だ。いっそ危ういならば、その表現もあやうくするのもあるかもしれない。※写真は本文とは多少、関係ありません・・・?

戦争写真の話(文:宮田昌彦)

大学で新しく写真映像論Ⅱ、Ⅲという授業を受け持つことになり色々な資料を集め自宅で読んでいます。友人に最近もらった本の中に株式会社窓社発行 フォトプレ 008号の最終ページで石川文洋「写真は人生そのものだった」と言うインタビュー記事があり写真(戦場の1シーン※砲弾にに打たれた相手兵士の亡骸を処理している写真)が掲載されていました。私の14歳になる娘が「とうさん、戦争写真でも写さなくてもいいものがあるのじゃないの?」「忘れようと思って、でも怖いもの見たさでもう一度よく見て・・・頭に焼き付いた。忘れられない。モノクロだったからまだましだけど」と。その映像のインパクトは私の脳にも焼きついて、再び頭の中で画像を結び時々に現れます。戦場カメラマンなんて言葉が今独り歩きしていますが、その戦争写真の持つインパクトは【自分の意志とは関係なく脳で再生される】もの。何かを考えさせられる事につながるような気がし、やはり必要なものだと思いました。(文:宮田昌彦)

パキラ 写真、文:宮田昌彦

パキラ 昔、事務所に置いていたがなかなか大きくならない。新芽は出てくるが、ある程度おおきくなると葉を次々落とし枯れてします。水のやり過ぎか?日当たりが悪いのか?手を開くように新しい葉が伸びをする前のように縮じんでる様。そろそろ、うちも大きく手を広げるように伸びましょうね。Nikon D3x 24-70mm F2.8 ISO800 Aモード+1.01/200sec f3.2 AWB