大学生のころ、通天閣界隈で撮影した忘れられない思い出がある。路上生活者にカメラを向けた時「ごら〜」と大きな声で叫ばれたのだ。飛田新地、今宮駅付近を学生時代の僕にはカメラを下げ近寄る勇気はなかった。何十年か前に仕事で路上生活の方を保護する活動を撮影した。軽トラで路上生活されている方を乗せ、施設でお風呂に入ってもらう。(ゴシゴシと施設の職員が風呂に入れ垢落としをするらしい。その場面は撮影しなかった)その施設の斜め向かいにあったラーメン¥100の看板が当時でも激安で驚いた。ここは別世界だな。先日、写真好きの方々と天王寺通天閣界隈で撮影会を行った。写っているだけの「写真」と「写真作品」との違いとは。写真好きの方々とこの話題で大いに盛り上がっている。作品とは人が素材、技巧を凝らし表現しようと取り組む行為。写真には1記録・2伝達・3表現という要素がある。近年芸術は枠を超え場で(空間で)表現する現代美術が主流だ。現代美術には写真も多数扱われ、枠(定型の印画紙や額に入れての表現)からインスタレーションと言われる空間での表現をもちいることが多い。表現の要素を持ち合わせる写真と記録の要素で止まった写真。この違いこそが写真作品であるか否かの分かれ道だ。ではどのような意図を写真に託しているのか、又それがその写真で表現できたのか?が重要になる。明るく安全でもり上がる表の通天閣界隈と寂れ老齢化する路地の通天閣界隈 明と暗 白と黒 写真って見せる時の(世に発表する)クラシック路線(定型の印画紙に焼き付け見せる)だろうが、現代美術路線(空間と融合させての展開)だろうが、初めの一歩のカメラで撮る事は面白いと思う。※注:表現として既存のカメラやレンズ、感光材、デジタル受光素子を使わないで生み出した写真作品もある

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